残り53秒からの交代出場は志願のそれでした。最後に記録したのは、この日、彼女が犯した唯一のターンオーバー。しかし25分59秒出場し、チームトップの16得点をあげています。うち 4 本は 3 ポイントシュートです。

「SoftBank ウインターカップ2024 令和 6 年度 第77回全国高等学校バスケットボール選手権大会（以下、SoftBank ウインターカップ2024）の女子 1 回戦は注目のゲームがいくつもありました。#4阿部心愛（桜花学園・愛知）・#5友愛（聖和学園・宮城）の「双子の姉妹対決」や、札幌山の手（北海道）対東京成徳大学（東京）、日本航空北海道（北海道）対東海大学付属福岡（福岡）など、です。

大阪薫英女学院（大阪）と四日市メリノール学院（三重）もその一つに入れていいでしょう。大阪薫英女学院は、言わずと知れた高校女子バスケット界の強豪校。四日市メリノール学院も、中学では近年全国に名を轟かせていますが、高校も今夏の高校総体ではベスト 8 に入っています。チームとして着実に力をつけてきたといえます。

その四日市メリノール学院のエースは#8太田蒼選手です。当然、マークは厳しくなります。ボールを持たせない戦術、フェイスガードを受けました。本人もフェイスガードされることは想定していたと言いますが、「まさか第 1 クォーターの頭から来るとは」思っていなかったようです。そのため、チームは#8太田選手をあえてボールから遠ざけて、4 対 4 でプレーするように対応しました。が、その間にリードを広げられてしまいます。

途中から#8太田選手も攻撃に加わり、「中学時代にバスケット部が四日市メリノール学院の代表になって駅伝の全国大会に出たことがあります。そのときの脚力が生かされました」と厳しいディフェンスをかいくぐり、冒頭に記した 3 ポイントシュート 4 本を含む16得点をあげています。

ただ#8太田選手自身にも誤算はありました。序盤にディフェンスで相手の横をすり抜けようとしたときに、相手の足を踏んで左足を捻ってしまったのです。重度ではないと自ら判断し、そのままプレーを続行するのですが、けっして本調子とは言えません。さらには第 3 クォーターの残り 1 分16秒、リバウンド争いで今度は右足も捻ってしまいます。

処置を受け、以降ベンチで応援していました。することしかできなかった、と言ったほうがいいかもしれません。足は痛みます。しかし、これも冒頭に書いたとおり、残り53秒、痛みを堪え、シューズの紐を結んで志願の再出場を果たしました。

「誰よりもバスケットが好きだという自信があるので、絶対に最後までコートに立っていたかったんです。痛いのを我慢して、出させてほしいとお願いして、出させてもらいました」

本来の稲垣愛コーチであればおそらく、出さない判断もしたでしょう。実際、稲垣コーチ自身が#8太田選手から直接志願を受けたわけではないと言います。ただ#8太田選手とは中学時代から 6 年の付き合いになる。彼女のこれまでを知り尽くし、その最後の大会ともなれば、あるいは稲垣コーチ自身がそれを受けていても、出していたかもしれません。

遡って2021年 1 月。「Jr.ウインターカップ2021-22 2021年度 第 2 回 全国U15バスケットボール選手権大会」で四日市メリノール学院中学は大会連覇を果たしています。#8太田選手が同中学の 3 年生のときです。その歓喜の輪に#8太田選手はいません。ケガや病気というわけではありません。当時の#8太田選手はベンチにも入れず、2 階の応援席で応援していたのです。そんな#8太田選手が同高校に上がるとき、稲垣コーチは彼女にこう言っています。

「あなたの中学時代に一番良かったのは腐らなかったこと。その 3 年間こそがあなたの最大の武器だから。高校ではもっともっといい選手になるからね」

その言葉どおり、#8太田選手は四日市メリノール学院高校のエースとなりました。最後はベストなパフォーマンスを出せたとはいえないかもしれませんが、それでも自分の信じてきた道を、チームメートとともに、やり抜いてみせました。

「ウォーミングアップのときからみんなが良い顔をしていて、みんなで楽しめてできると思っていたので、今日は絶対勝てると思っていました。大阪薫英女学院はやはり強豪でした。でも私たちはどのチームよりも絶対に楽しめたと思います」

そう言って、応援席から這い上がってきたエースは涙目の笑顔でロッカールームへと戻っていきました。